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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)37号 判決 1993年2月24日

原告

三井東圧化学株式会社

被告

特許庁長官 麻生渡

主文

特許庁が、昭和61年審判第3493号事件について、平成2年11月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年8月16日、名称を「燃料電池発電整備における排ガスの有効利用方法及び設備」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和55年特許願第112306号)が、昭和60年12月5日に拒絶査定を受けたので、昭和61年2月26日、これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は、これを同年審判第3493号事件として審理したうえ、平成2年11月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成3年1月30日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

三  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、特公昭46-1382号公報(以下「引用例」という。また、その発明を「引用例発明」という。)を引用し、本願発明は、引用例発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、と判断した。

第三原告主張の審決取消事由

一  審決の理由中、本願発明の用紙の認定、引用例の記載内容の認定は認める。しかし、審決は、本願発明と引用例発明とを対比するに当たり、その出発点において、本願発明は次に述べる「加圧システム」であり、引用例発明は「非加圧システム」であるという、両者の対比において重要となる相違点を看過したため、この相違点を考慮に入れないで認定を行うという誤りを犯し、その結果、本願発明に対し特許法29条2項を誤って適用するに至った。

二(1)  酸化剤として空気を用いる燃料電池発電設備は、空気への加圧の観点から見た場合、発電効率を上げるために空気を積極的に加圧すべく設計された構成のものと、空気を積極的に加圧することなく、大気圧の近くで運転すべく設計された構成のものとに分けることができる。

前者において、空気の加圧は、空気の流動を維持しこれを送出するという目的を越えて、燃料電池の効率を上げるために積極的に行われる。空気が加圧されると、燃料電池の酸素極における酸素分圧はもちろん、燃料電池では、酸素極と水素極がほぼ同じ圧力に維持される構造となっているため、水素分圧も上昇し、そこだけで見るかぎり、それに応じて、発電効率を上げることができる。しかし、この場合は、その反面、空気を加圧するための動力が必要となり、この動力エネルギーが上記各分圧の上昇によって得られる電力エネルギーを上回るため、単に燃料電池の運転圧力を高めるだけでは、結局、発電設備の効率は、全体としては逆に低下することになる。したがって、この構成のものが実用的に成立するためには、「加圧された燃料電池から排出される空気(本願発明における「残空気」)を、同じく加圧されたリフォーマー燃焼室から排出される燃焼ガスと混合して、これをエネルギー回収装置、例えばガスタービンに導くことにより、残空気及び燃焼排ガスの有する圧力エネルギーと熱エネルギーを動力として回収する構成」(以下「エネルギー回収装置」という。)を備えることが必須となる。このような構成のものを、以下「加圧システム」と呼ぶことにする。

後者においても、大気圧そのままでは、空気の流動を維持しこれを送出することができないから、大気圧との差を生み出すために、最小限度の加圧をすることは避けられない。しかし、この場合、加圧のためには動力が必要であり、そのため、生み出される圧力差の程度に応じてエネルギーが消費されることになる。したがって、この観点からは、発電設備の効率を上げるためには、加圧の程度は必要最小限に止められるべきことになる。このような構成のものを、以下「非加圧システム」と呼ぶが、このシステムでは、前者に必須のエネルギー回収装置を必要としない。

(2)  引用例発明及び本願発明のそれぞれが、上記の意味での「加圧システム」と「非加圧システム」のいずれかに属するかを見る。

引用例発明は、そこには発電設備の効率を向上させるため積極的に加圧を利用する思想がなく、また、エネルギー回収装置を欠いていることから見て、「非加圧システム」であることは明らかである。

これに対し、本願発明は、その要旨とする特許請求の範囲第1項(以下「特許請求の範囲」という。)に「少なくとも3.5気圧以上に加圧された加圧空気を酸化剤として用いる燃料電池発電設備において、」(甲第4号証補正の内容Ⅰ)と記載されていることから見て、「加圧システム」であることは明らかである。

被告は、この点について、本願の特許請求の範囲には、エネルギー回収装置の構成が記載されていないから、本願発明が「加圧システム」として特定されているとはいえない旨主張する。

しかし、酸化剤として空気を用いる燃料電池発電装置において、積極的に空気を加圧する場合には、エネルギー回収装置が必要であり、これがなければ実用的に成立しえないことは、本願出願当時自明の事項であったから、特許請求の範囲に「少なくとも3.5気圧以上に加圧された加圧空気を酸化剤として用いる燃料電池発電設備において、」と記載されている以上、本願発明がエネルギー回収装置を備えたものであることは、当然の自明事項としてその中に包含されているというべきである。少なくとも、発明の詳細な説明の記載や図面を参考にして特許請求の範囲を解釈するかぎり、そこにあるのは、すべて、本願発明が「加圧システム」であることを支持するものであり、「非加圧システム」をも包含することを支持するものはないから、このように理解するほかはない。

また、被告は、特公昭45-17694号公報(乙第1号証)を挙げ、燃料電池の酸素極に3.5気圧以上の酸素を供給する燃料電池においてもエネルギー回収装置がない場合があることを根拠に、本願の特許請求の範囲の上記記載が「加圧システム」を示すことにはならない旨を主張する。

しかし、同公報に開示されている装置は、酸素を酸化剤として、水素を燃料として用いる燃料電池であり、用いられる酸化剤及び燃料の点で、「炭化水素類のスチームリフォーミングによって得られた水素を燃料として用いると共に、・・・加圧空気を酸化剤として用いる燃料電池発電設備において」と特許請求の範囲に限定されている本願発明とは全く異なる技術分野に属する。これら酸素や水素は、本願発明で使用される空気や炭化水素と異なり、一般的に発電用に利用されるものではなく、これらの製造方法も同公報の発明には含まれていないから、これを、本願発明でいう「発電設備」とすることはできない。そもそも、酸化剤が酸素であれば、燃料電池から多量の不活性ガスを含む残空気を排出する必要はなく、したがって、エネルギー回収装置の必要もないのである。被告の主張は失当である。

3 審決が、本願が「加圧システム」であり引用例発明が「非加圧システム」であるという両者の相違点を看過したために犯した誤りは、具体的には、以下の3点に現れている。

(1)  審決は、引用例の「ブロワー75およびダクト77は外部体部分に接続され下方部分と熱伝達関係で空気を分配する。・・・加熱された空気は81で外部体部分より排出される。加熱された空気は大気中に排出してもよい。しかしながら、この温められた空気は燃料電池用酸化剤供給源として利用するのが好ましい。従って図に示した如くバルブ83を設けて空気を大気中に排出する速度を規制するために設け、導管37を空気受け入れ関係で接続する。」(甲第2甲行6欄12~30行)との記載を挙げて、引用例発明における「空気」は、「ブロワー75によって酸化剤室に送出されるものであるので、」本願発明の「加圧空気」に相当するという。

しかし、引用例発明において「空気」が「ブロワー75によって酸化剤室に送出されるもの」とされていることの目的、作用効果は、本願発明において「加圧空気」が使用されることの目的、作用効果とは、全く別であり、引用例発明の「空気」は本願発明の「加圧空気」に相当しない。

すなわち、引用例発明においては、引用例(甲第2号証)の第1図に示されているように、ブロアー75によって送出される空気は、燃料電池の酸化剤室7、伝導部分69、リフォーマーのバーナー41、さらに水回収装置の内部体部分55を経たのち導管73から直接大気に放出されるのであって、これら経路上の装置は、空気流に対して幾分かの圧力損失を与えるものの、能動的に圧力を変化させる機能を有していない。そして、ここでの燃料電池の空気室は事実上大気に開放されており、したがって、空気室に供給される空気の圧力は、大気圧とこれら装置の圧力損失の和として決まってしまう。これら装置の圧力損失の和は、合理的な設計を行うかぎり、高々0.2気圧(燃料電池とリフォーマーは直列に配置してあるので、0.1気圧の2倍)程度であり、したがって、引用例発明における空気の加圧の程度も、高々0.2気圧である。このように、引用例発明においては、燃料電池を大気圧近くで運転すべく構成が選択されており、この点は、本願発明が3.5気圧以上に加圧された加圧空気を使用するものであることと比較するとき、引用発明と本願発明との重要な相違点である。

審決は、この相違点につき、引用例発明では、「加圧空気の程度が明示されていない点」を挙げているが、上述したところから明らかなように、引用例発明には、「加圧空気の程度が明示されていない」のではなく、「実質的に加圧を行わない」旨あるいは「装置の圧力損失に見合うだけの加圧を行う」旨が示されているといってよいのであり、この点こそが相違点であるというべきである。

また、審決は、引用例発明において「過剰量の空気を供給するに際して、加圧の程度をどの程度とするかは、・・・適宜選択決定すべきことであって・・・」としているが、引用例発明の構成において、実質的に加圧の程度を上げることは不可能であり、そのようなことは全く考えられていない。このことは、引用例発明で使用されるものとされている「ブロワー」すなわち「送風機」と本願発明で使用される「圧縮機」とが、技術用語として明確に区別されており、混同されるような類のものでないことからも明らかである。

(2)  審決は、「甲第2号証の電気エネルギー発生方法も、燃料電池の排ガスを有効に利用するものであるので、甲第2号証の『電気エネルギー発生方法』は、本願発明の「燃料電池発電設備における排ガスの有効利用法」に相当することは明らかであり、」と述べ、確かに、引用例には、「過剰な酸化剤」すなわち残空気をリフォーマーの燃焼用酸素源として用いる方法が開示されている。しかし、引用例発明の構成と本願発明の構成とでは、排ガスの有効利用という点では同じであるものの、その具体的効果は全く異なる。

引用例において残空気を使用する目的は、その特許請求の範囲第1項に「・・・燃料電池の要件以上の燃料と、燃料電池の要件以上の酸化剤を燃焼帯域に分配し、燃焼帯域内で過剰の燃料と過剰の酸化剤を発熱的に結合せしめ、燃焼帯域および燃料電池内で形成された水蒸気を凝縮せしめ、凝縮した水でリフォーム生成物を発生するに当って消費された水を補給すること」と明示されている。特に、その発明の詳細な説明の末尾に、「外部から供給される水を必要としない装置も知られている。」と記載されていることからもうかがわれるように、外部からの水の補強なしに運転できることは、殊に可搬の小型発電装置において有効であり、この技術課題は引用例発明の出願前公知であったから、これを解決することが引用例発明の目的の一つであると思われる。

これに対し、本願発明における残空気の利用は、本願明細書に「これによって、リフォーマのための燃焼用空気が全て不要になり、この空気の圧縮のために必要とされた圧縮機の動力が節減される。この動力の節減量は、ガスタービンへ供給されるガス量が全体として減少することによる回収動力の減少量に比べて十分に大きいため、発電設備の総合熱効率を上昇させることになる。」(甲第3号証7欄20~26行)と記載されていることから明らかなように、燃料電池発電装置の総合熱効率を更に改善する目的のためになされるものである。そして、本願発明の残空気利用によってたらされる上記効果は、引用例発明における残空気の利用では全く生じない。

(3)  審決は、本願明細書の「燃料電池の酸化剤として空気を用いる場合は、空気中に不活性な窒素ガスが多量に含まれているため、酸素極における酸素ガス分圧を必要な水準に保持するためには、常に過剰量の加圧空気を供給し、一部を排出することが必要である。加圧空気の過剰量を増加させれば、酸素極における平均酸素分圧は上昇し、電池の効果は改善されるが、反面、空気を電池の運転圧力まで加圧し供給するための圧縮機の必要動力が増大するため、この加圧空気の過剰率には最適値が存在する。」(甲第3号証5欄34~44行)との記載を挙げ、この記載からすると、本願発明における「少なくとも3.5気圧以上に加圧された加圧空気」とは、「空気中に不活性な窒素ガスが多量に含まれているため、酸素極における酸素ガス分圧を必要な水準に保持するためには、常に過剰量の空気を供給すること」と同義であるとする。確かに、空気を加圧することも、空気を過剰に供給することも、ともに酸素極における平均酸素分圧を高める効果を有する。

しかし、それは、空気を加圧すること及び空気を過剰に供給することの両者のもたらす作用の内の一部が共通するというだけのことであり、それだけのことから、両者が同義になるわけではない。両者の装置全体における作用効果、費用あるいは必要な装置の構成は、全く異なる。

審決は、上記認定を前提に、引用例に「燃料電池の最も効率の良い作動を達成するため、燃料および酸化剤は消費速度以上の速度で供給するのが望ましい。」と記載されていることを根拠として、引用例には、「常に過剰量の空気を供給すること」すなわち本願発明における「空気を加圧すること」が示唆されていると認めているが、この認定は、前提において誤っている。

第4被告の反論

1  審決の認定、判断は正当であり、原告の審決取消事由は理由がない。

2  酸化剤として空気を用いる燃料電池発電設備に、原告主張の「加圧システム」と「非加圧システム」があるとの点は、前者がエネルギー回収装置を備えた構成のもの、後者はこれを備えない構成のものという意味において、認める。また、引用例発明がエネルギー回収装置のないものであることも争わない。

原告は、本願発明が「加圧システム」として特定されているとし、これを前提に種々主張する。

しかし、本願の特許請求の範囲には、「加圧システム」に不可欠なエネルギー回収装置を備えるべきことは記載されていないうえ、「非加圧システム」においても、燃料電池の酸素極に3.5気圧以上に加圧された酸素を供給する場合があることは、例えば特公昭45-17694号公報(乙第1号証)に記載されているように普通に知られている事項であるから、本願の特許請求の範囲の「少なくとも3.5気圧以上に加圧された」との記載及び本願明細書の発明の詳細な説明と図面に「加圧システム」しか記載されていないことを根拠に本願発明を「加圧システム」とすることはできない。

したがって、本願発明が「加圧システム」として特定されていることを前提とする原告の主張は、いずれも失当である。

3  原告の主張3の各点について述べる。

(1)  引用例(甲第2号証)の第1図には、酸化剤室に供給される空気はブロワー75から送出され、かつ空気を大気中に放出する速度をバルブ83により規制する構成が記載されている。この構成により、引用例発明は、酸化剤室に過剰量の空気を供給して酸化剤室の平均酸素分圧を高め、燃料電池の効率を改善するために、大気圧以上に加圧された空気を酸化剤室に供給している。

これによれば、引用例の第1図の構成において酸化剤室に送出されている空気と本願発明の加圧空気とは、ともに加圧空気であり、両者の作用効果も同じであるといわなければならない。引用例発明における空気の加圧の程度が高々0.2気圧であるとの原告の主張は、引用例にその記載はなく、認められない。

したがって、審決が、引用例発明において酸化剤室に送出されている空気は本願発明における加圧空気に相当するとした点に誤りはない。

(2)  引用例発明における排ガス利用の目的は、消費される水の補給に限られるわけではない。すなわち、引用例発明においては、最高効率の燃料電池性能を達成するために、消費される速度以上の速度で燃料電池に燃料及び酸化剤を供給し(甲第2号証4欄24~26行及び12欄45行~13欄2行)、過剰の酸化剤及び過剰の燃料を燃焼させることによって生じる燃焼熱をスチームリフォーマーの熱源として用い(同4欄31~33行)、スチームリフォーマーからスチームリフォーミングによって得られた水素含有ガスと混合することなく別々に排出された排気ガスを水回収装置に分配して排気ガス中に存在する燃焼帯域及び燃料電池内で形成された水蒸気を凝縮せしめる(同2欄10~13行)のであるから、そこでの排ガス利用の目的の中には、水の補給の外に、スチームリフォーマーの熱源としての利用が含まれていることが明らかであり、この点において、本願発明における排ガスの利用目的と異なるところはない。

原告が本願発明に特有の排ガス利用目的であると主張するものは、本願発明が「加圧システム」として特定されていることを前提にして初めて認められるものであり、この前提が認められないことは前述のとおりであるから、上記排ガス利用目的を本願発明のものとすることはできない。

(3)  原告も指摘する審決引用の本願明細書の記載(甲第3号証5欄34~44行)及び本願発明の要旨とする構成からすると、本願発明の加圧空気は、燃料電池の酸素極に過剰の空気を供給し、酸素極における平均酸素分圧を高めて燃料電池の効率を改善するという作用効果を有するものであることが明らかである。したがって、空気を加圧することと空気を過剰に供給することとは、全体としての作用効果において共通しているから、本願発明の「少なくとも3.5気圧以上に加圧された加圧空気」との記載は「空気中に不活性な窒素ガスが多量に含まれているため、酸素極における酸素ガス分圧を必要な水準に保持するためには、常に過剰量の空気を供給すること」と同義であるとした審決の認定に誤りはない。

第5証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6当裁判所の判断

1  甲第6号証によると、本願出願前の昭和51年9月18日に公開された特開昭51-105551号公報(甲第6号証)には、圧縮機により加圧された反応物質によって作動する燃料電池パワープラントの発明が開示されており、そこには、燃料電池の技術分野に関して、以下の記載があることが認められる。

「燃料電池技術に於ては燃料電池の性能を改善する為に三つの一般的な試みがなされていた。その一つは燃料電池が作動する温度を増大することである。しかしこの試みは材料の腐蝕及び酸性電解質電池に於ては酸の蒸発により限られる。第二の試みは電極表面の単位面積あたりの触媒の量を増大することである。しかしこの試みは費用の増大と電極の特定の表面上に添加可能な触媒の量に関する実用的限界によって制限される。第三の試みは燃料電池内に於ける反応物質の圧力を増大することである。この技術の分野に於ては燃料電池は反応物質の圧力が増大する程性能を増大することが周知である。この試みに対する主たる障害の一つは反応物質を圧縮する為にかなりのエネルギーが必要とされることである。例えば反応物質を圧縮する為のエネルギーは燃料電池により発生される電気エネルギーであるべきことが考えられる。この電気エネルギーは圧縮機を駆動するのに用いられる。問題は適当な反応物質圧力を発生する為に圧縮機を駆動する為に燃料電池の発生する電気エネルギーの約30%が必要であるということである。このことは使用可能な電力の損失を補う為に燃料電池はその大きさが約50%増大されなければならないことを意味する。」(3枚目右下欄8行~4枚目左上欄11行)

「以上のことを考えると酸化剤として空気を用いたパワープラントに関しては、燃料電池積重ね体に高圧反応物質を用いるパワープラントに向かうことは何らの利益をもたらさず、あるいはむしろ実質的不利益をもたらすと考えられている。以上の理由から今日まで燃料電池パワープラントは常に大気圧に於ける反応物質を用いていた。」(4枚目右上欄4行~11行)

「本発明は燃料電池を用いた発電用パワープラントであり、この場合酸化剤はパワープラントにより生じた排気エネルギーにより駆動される圧縮機装置から高圧にて燃料電池へ供給される。」(同左下欄1~4行)

「空気は導管41を経て圧縮機38へ入り圧縮される。大気圧より高い任意の圧力が非加圧式パワープラントに比して幾分かの利益を与えるが、全パワープラントに対し実質的な利益が得られるためには約2気圧あるいはそれ以上の圧力が好ましい。」(5枚目右下欄8~13行)

上記記載と弁論の全趣旨とによれば、酸化剤として空気を用いる燃料電池発電設備の技術には、加圧の観点から見ると、特に圧力を加えてない方式と特に加圧手段を用いて好ましくは約2気圧以上の圧力を加える方式があり、このように方式に違いがあれば、燃料電池発電設備の全体としてのエネルギー効率を向上させる方策も、方式の違いに応じて当然違ったものとなり、特に加圧手段を用いて圧力を加える方式のものが実用的に成立するためには、加圧手段に用いるため排ガスの有するエネルギーを回収することが必須となり、この方式とエネルギー回収装置とは不可分の関係にあると、当業者に本願出願前から理解されていたと認めることができる。

以下においては、原告主張のとおり、上記特に圧力を加える方式を「加圧システム」と、特に圧力を加えない方式を「非加圧システム」と、それぞれ呼ぶことにする。

2  「加圧システム」か「非加圧システム」かという観点から引用例発明を見ると、引用例発明がエネルギー回収装置を備えないものであることは当事者間に争いがなく、このことと上記認定の事実によれば、引用例発明が「非加圧システム」であることは明らかである。

確かに、甲第2号証によれば、被告主張のとおり、引用例発明においても、燃料電池の酸化室に過剰量の空気を供給して酸化剤室における平均酸素分圧を高め、燃料電池の効率を改善するために、ブロワー75及びバルブ83により加圧された空気を酸素室に供給していることが認められる。しかし、引用例発明で使用されるブロワーと本願発明で使用される圧縮機とは、技術用度として明確に区別されており、吐出圧力が1mAq(0.1気圧以上1気圧未満)のものをブロワーと、1kg/cm(1気圧)以上のものを圧縮機とそれぞれ呼ぶ(甲第9、第10号証)ことに照らせば、バルブ83との協働により空気の圧力を能動的に変化させることができるとしても、それは、装置の効率的な運転を可能とする程度のものに止まり、「加圧システム」におけるように圧縮機により好ましくは約2気圧以上加圧をすることとはその技術的意義を異にするものと認められる。その他、引用例発明の燃料電池が「非加圧システム」であること認定することの妨げとなる証拠は、本件全証拠を検討しても見出せない。

3  これに対し、本願発明が「加圧システム」に該当することは、前示1認定の事実から明らかなように、本願出願前既に、特に圧力を加える方式では好ましくは2気圧以上の加圧をするものと当業者において理解されていたこと、本願発明の燃料電池発電設備が、「空気を圧縮して少なくとも3.5気圧以上に加圧された空気を発生する加圧空気発生装置」を有し(甲第3号証6欄41行~7欄17行、同第4号証補正の内容Ⅱ-1、Ⅱ-3)、その加圧手段として圧縮機が用いられること(甲第3号証10欄18行以下の〔実施例〕の記載)、そして、これを統括して、その請求の範囲に「少なくとも3.5気圧以上に加圧された加圧空気を酸化剤として用いる燃料電池発電設備において、」と規定したこと自体に照らして明らかというべきである。本願の特許請求の範囲にエネルギー回収装置が記載されていないことは、上記認定を覆すに足りない。

この点につき、被告は、特公昭45-17694号公報(乙第1号証)を挙げて、エネルギー回収装置を備えていない「非加圧システム」においても燃料電池の酸素極に3.5気圧以上に加圧された酸素を供給する場合があることは普通に知られている事項であるから、本願発明において3.5気圧以上に加圧された空気を使用するものとされていること自体で本願発明が加圧システムであることが示されているとすることはできない旨主張するが、採用できない。上記公報に開示されている燃料電池装置は、酸化剤としては酸素を、燃料としては水素を用いるものであり、それらの製造手段も示されていないから、酸化剤としては空気を、燃料としては炭化水素類のスチームリフォーミングによって得られた水素を用いる本願発明におけるのとは違って、燃料電池から多量の不活性ガスを含む残空気(残酸素)を排出することが予定されておらず、したがって、エネルギー回収装置を考える必要のないものであるからである。

4  このように、本願発明が「加圧システム」であり引用例発明が「非加圧システム」であることにより、燃料電池発電設備の総合熱効率の向上策は両者で当然異なってくることは自明というべきである。すなわち、本願発明のような「加圧システム」では、上記1認定の事実からも明らかなように、加圧にエネルギーを要することに対しどのように対処して発電設備の総合効率を上げるかが問題となるのに対し、引用例発明のような「非加圧システム」では、このようなことは全く問題とならないのである。したがって、発電設備の総合熱効率の向上を目的とする発明において、この差を無視して「非加圧システム」である引用例発明を基に「加圧システム」である本願発明の排ガス利用技術の容易性を論ずることは、特段の事情がないかぎり、出発点において既にに誤っており、結果として論理に飛躍があるといわなければならない。審決が上記方式の違いを考慮に入れていないことは被告の自認するところであり、かつ、上記特段の事情は本件全証拠を検討しても見出せないから、審決の認定、判断はその前提において既に誤りがあるというほかはない。

5  審決が誤ったと原告の指摘する3点について見ると、次のとおりである。

(1)  引用例発明において酸素室に送出されている空気が本願発明における加圧空気に相当するといえないことは、上述のとおりである。

(2)  引用例発明における排ガス利用の主な目的が消費された水の補給にあることは、その特許請求の範囲第1項に「・・・燃料電池の要件以上の燃料と、燃料電池の要件以上の酸化剤を燃焼帯域に分布し、燃焼帯域内で過剰の燃料と過剰の酸化剤を発熱的に結合せしめ、燃焼帯域および燃料電池内で形成された水蒸気を凝縮せしめ、凝縮した水でリフォーム生成物を発生するに当って消費された水を補給すること」(甲第2号証該当欄)と記載されていることから、明らかである。しかし、引用例発明においても、「過剰な酸化剤および過剰の燃料はバーナーで発熱的に反応し、リフォーマーを所望の作動温度に加熱する。」(甲第2号証4欄31~31行)ともされていることからすれば、リフォーマーの熱源としての排ガスの利用が、それを利用しない場合に比して燃料電池発電設備の総合熱効率を改善する効果をも有していることは明らかであり、その限度では、本願発明において、排ガスがリフォーマーの熱源を得るために用いられるのと同じであるということができる。

しかし、加圧システムである本願発明においては、排ガスの利用による総合熱効率の改善という効果が、単にリフォーマーの熱源としての効果という形においてに止まらず、本願明細書に「これによって、リフォーマのための燃焼用空気が全て不要になり、この空気の圧縮のために必要とされた圧縮機の動力が節減される。この動力の節減量は、ガスタービンへ供給されるガス量が全体として減少することによる回収動力の減少量に比べて十分に大きいため、発電設備の総合熱効率を上昇させることになる。」(甲第3号証7欄20~26行)と記載されていることから明らかなように、空気の加圧に必要な動力の削減という形でも得られているのに対し、「非加圧システム」である引用例発明においては、このような形による効果は最初から問題にならない。

引用例発明と本願発明とで、排ガスの利用の効果にこのような違いがある以上、この点で両者間に差がないとすることはできない。

(3)  本願発明において空気を加圧することも、引用例発明において空気を過剰に供給することも、ともに、酸素極における平均酸素分圧を高める効果を有することは、当事者間に争いがない。しかし、空気を加圧することと過剰の空気を供給することとは、この限度では共通の効果を有するとしても、前述のとおり、両者には発電設備の総合熱効率を向上させる点で作用効果に異なるところがあるのであるから、それぞれのもたらす作用の一部が共通するからというだけで、両者の異同を論ずるのは正当でなく、両者を対比するには、両者の全体としての作用効果を総合的に対比する必要がある。したがって、両者の効果に上記共通点があることだけから、引用例発明において過剰量の空気を供給するものとされていることにより本願発明の加圧空気の使用が示唆されているとすることはできない。

6  以上のとおり、審決は、本願発明が「加圧システム」であり、引用例発明が「非加圧システム」であるという両者の相違を看過し、この相違を考慮に入れないで両者を対比したため、誤った認定を行い、これに基づき本願発明は引用例発明から容易に推考できると判断したものであるから、違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

<以下省略>

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